水上 勉 「その橋まで(上・下)」

殺人犯として刑に服し、17年ぶりで娑婆に出てきた名本登。
仮釈放を許され、自由の身になったとはいえ、
彼は厳重な保護観察を受けなければならず、
どんな微罪でも犯せば最後、たちまち刑務所に逆戻りだった。
地道な木工職人として社会復帰の道を踏み出した彼には、
しかし、ひょっとした成り行きから、婦女暴行殺人の容疑がかけられる……。
犯罪者の更生の苦しみを描く問題作。
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名本の幼なじみが連れこみ宿で死んでいた事件に続いて、
今度は、モーテルの近くの山中で若い女が縊死体で発見されるという
謎の事件が起こった。
保護観察所の庇っている仮釈放者が、
仮面をかぶって犯罪を重ねているのではないか――
警察は前科者の名本に対する疑惑を深め、執拗に追及する。
<犯罪>の虚実を探り、
獣性と仏性をふたつながら内包する人間のかなしみを描く社会小説。
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「何とかして、世間の人と交わりたい、
連帯をもって生きてゆきたい・・・
それが、あの男のねがいですがなも。
・・・警察は、それを、むざんに断ち切りよるとですッ」
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「世の中がたいへん汚れているということですが、
日本国じゅうで、いちばん、わるいことをしない人間が
生きているのは、刑務所ではないかという気が
しないではございません・・・
世の中には、人間をとり戻すために、
刑務所へ入る人もいます。」
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「ぼくだって、この世で鼻つまみの親爺をもってきました。
それで、ぼくは立派に育てばよかったのですが、
人殺しまでしました。
しかし、ぼくのやった犯罪には、
父のことはまったく無関係だったと思います。
ぼくという人間がダメだった。
そのような父をもっていても、
立派な真人間に育ってゆかなかった。
星の下もわるかったけれど、
その運命を切りひらく勇気がなかった。
いま、そのことを痛感しています。」
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「ぼくは、シャバよりも刑務所の方が、
ぼくの生きる場所のような気がしてきました。
どうぞ、刑務所長さんにお願いしてみて下さい。
ぼくは、今日からもうシャバへ出たくありません。
シャバは、とても、ぼくのようなものが
生きてゆける所ではないとわかりました。」
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確かまだ十代の頃に読んだ長編小説だったのですが、
作者も題名も忘れて、長いこと探していた本でした。
書店に立ち寄る度に「あ」行の作家から記憶にピンと来るまで
度々眺めていたのですが、どうしても見つけられませんでした。
ところが、つい最近隣りの市に出来た市立図書館で
何気なくいろいろな作家さんの全集シリーズを眺めていて、
本当に何気に水上勉さんの全集の一巻を手に取り、
ページをめくった途端に・・・
「これだッ!!」と分かりました。
すっかり題名を忘れていたのに、
出だしを読み出して記憶が蘇りました。
こんなうれしい瞬間て久しぶり!
早速借りようかと思ったのですが、
大好きな小説なので、
永久保存にしようと思いネットで購入しました。
大変難しいテーマの小説で、
この物語には実在のモデルとなった人がいるそうです。
犯罪者の更生と付きまとう罪の陰。
時代は50年程前の話なのですが、
犯罪や世間の価値観が現在とほとんど変わらないのが少々驚きでした。
罪を償い更生し世間との折り合いをとり戻しながら
生きて行こうと頑張っても受け入れてくれない社会・・・
それでも更生しようとする人の為に諦めない保護司もいる。
答えが出ない問題を描いています。
終盤の主人公である名本登の言葉が心に残りました。
「結論として、一ど犯罪をおかしたぼくらのような者の
生きてゆく場所は、結局、刑務所しかない、
という気がしたのです。
社会は、ぼくたちを、あいかわらずの罪人とみている。
警察の方がいわれたように、
菌を保持している病人なのです。
ふつうの社会人とちがうのです。
社会が温かく迎えるはずがありません。
再犯者は、みなその社会のつくり出したものに
ほかなりません。
ぼくは、つまり、このような社会で、
ぼくを疑う警察官や雇い主との気まずい関係を保ちながら、
自分の調整をして生きてゆくのに疲れました。」
いつもありがとうございます

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