夫を事故で亡くした私は、小学生の息子をひとりで育てながら、
傷心の日々を送っていた。
寂しく迎えたクリスマスイブの夜、
解約せずにいた夫の携帯電話からメールが送られてきて…(「聖夜のメール」より)。
不倫を疑う妻、若い部下の扱いに戸惑う中年部長、
仕事に行き詰まったキャリアウーマン…
どこにでもいる普通の人たちに起こった、8つの小さな奇跡。
日常の些細な出来事を丁寧に掬い取った、心あたたまる家族小説集。
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1.聖夜のメール
2.想い出バトン
3.噛み合わせ
4.リリーフはいない
5.じゃあまたな
6.ワイシャツの裏表
7.褒め屋
8.トイレットペーパーの芯
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1.聖夜のメール
「毎晩、仏壇に手を合わせるでしょ。そんときに、今日はこんなことがあったよ、あんなことで腹が立ったよってさ。生きていたときと同じで、あの人は何にも応えちゃくれないけど、口にすることで、あたしの気が済むの。愚痴るときは声を出さなきゃだめなんだよ。心の中で言っちゃだめ。そうじゃないと届かないの。きっと、あの世で煩せえ母ちゃんだなぁって思ってるかもしれないけど、自分は勝手に死んじゃったんだから、愚痴ぐらい聞いてもらわなくちゃ、遺されたあたしは割が合わないいよね」
2.想い出バトン
「いいか、康祐くん。出張や残業が多くて、普段の様子を見られない私のために、家内が撮ってくれたものもたくさんある。君も子どもができたら、茜に撮ってもらえ。特別な日や行事には立ち会えても、男っていうのはなかなか普段の子どもの成長を見られない。ただ、その普通の暮らしの中に、ささやかなしあわせがあるってことを忘れちゃいけない。」
3.噛み合わせ
「なぁ、思うんだけどさ、僕の人生は微妙に巡り合わせが悪いんだなって。不幸のどん底っていうほどじゃないけど、ちょっとしっくりこない。歯にたとえるなら、噛み合わせが悪いってところかな。君とのことも、母さんのことも、結婚して、離婚したことも・・・。歯の治療なら、いくらでも治す自信があるけど、人生の噛み合わせは治せないらしい、悔しいけどね」
4.リリーフはいない
「ピッチャーならリリーフもいる。仕事だって代わりの人間ならいくらだっているんだ。だけど、人生はそういかない。人生のマウンドってやつはさ、一度上がっちまったら、自分ひとりで投げ抜くしかないんだ。先発完投だ。どんなに苦しい状況になっても、だーれもリリーフなんかしちゃくれない。だから、マウンドを降りるときは死ぬときなんだ。お前ら、そう思わんか?」
5.じゃあまたな
「なあ、タケ、だから、お前も闘え。闘って闘って必ず勝て。勝って、社長になって、下請けを守れるだけの力を身につけろ。内部生はおぼっちゃまだって笑われないようにな」
6.ワイシャツの裏表
大学進学で上京が決まると「そうか、もう、さゆりにアイロンを掛けてもらったシャツを着られないんだなあ」と、しみじみと父に呟かれた。後に母から聞かされた話だが、父は会社の同僚に「このシャツは娘がアイロンを掛けてくれたんだ」と自慢していたようだ。
7.褒め屋
「褒め屋は根本的な問題の解決まではできないんですよ。そこが歯がゆいというか、ジレンマというか。最終的に乗り越えなきゃならないのは、やっぱりその人本人ですからね。そう思うと、このまま褒め屋のプロになるのはどうかなって・・・。」
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