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乙川 優三郎 「武家用心集」

武家用心集 (集英社文庫)武家用心集 (集英社文庫)
(2006/01/20)
乙川 優三郎

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不自由な武家社会の中で、
不測の事態を切り抜けてゆく人々を描く小説集。

・・・・・・・・・・・・・・・

1.田蔵田半右衛門
2.しずれの音
3.九月の瓜(うり)
4.邯鄲(かんたん)
5.うつしみ
6.向椿山(むこうつばきやま)
7.磯波
8.梅雨のなごり

・・・・・・・・・・・・・・・

武家用心集とは、
武家に生まれた男女が窮地に陥らぬように
普段から心掛けるべき注意集という
意味だけではない。
武家に生まれた男女および妻女が
どのような心配りや覚悟を持って、
どのような人生を全うしたかというカタログなのだ。
(解説:島内景二)

・・・・・・・・・・・・・・・・

2.しずれの音

黒松の枝には三日三晩降り続いた雪が積もってい、
寿々が立ち止まって喘いでいると、
不意にどすんと重い音が聞こえた。
垂れ(しずれ)だった。

「人でなし」
そう言われたような気がして寿々ははっとした。
声は自分の旨の中から聞こえたようである。
すると卒然と胸が苦しくなって動けなくなった。

(覚悟が足りなかったのだわ・・・)
やがてそう思い当たると、
そこにいる自分が情けなく、
いつだったか冬田に取り残されて
茫然としていた鷺が思い出された。

そもそも一月などという軽い気持ちで引き受けたのがいけない、
と思ったが、その結果していることは錬四郎や房と
何も違わないのだった。
はじめから人ひとりの余生を預かる覚悟があれば、
自分も周助も錬四郎夫婦に振り回されることはなかっただろう。
いまのいままで夫や兄を責めてきた自分自身の
不心得に気付くと、
彼女はどうすればよいのか分からなくなって放心した。

「どうしたの、行っておくれ」
と母の声が聞こえている。
「できません」
「だったら、ここへ捨ててお帰り」
「できないわ」

寿々は言い退けて、じっと林の暗い道を見つめた。
そこを抜ければ勘定組の組屋敷だったが、
どうしても行く気にはなれなかった。

どれほどそうして立ち尽くしていただろうか、
ゆっくりと荷車の向きをかえて、
彼女は来た道を引き返した。
そのとき吉江が何か言って泣き出したようだったが、
かまわずに歩き続けた。

ややあって、寿々は胸の中で何かが大きな音を立てて
弾けたような気がした。
近付いてくるのは夫の周助である。
役目がら雪道には馴れているはずが、
よほどあわてているらしく、
勢いのわりには足下がふらついている。

凝然として見つめていると、
周助はまた逆さまになるほど滑って転んだが、
寿々の目にそれは少しも滑稽には映らなかった。

彼女が驚いている間にも
周助はみるみる近付いてきた。
やがて少し離れたところで立ち止まると、
喘ぎながら何か言おうとしたが、
息が切れたらしく言葉にはならなかった。
城からなりふりかまわずに駆けてきたのだろう。

「どれ、わしが代わろう」
ようやく歩みよって、
そう言ったとき、寿々は荷車の梶棒を握りしめて
立ち尽くしながら、
どうしようもなく溢れてくる涙を流れるままにしていた。

急に喉の奥が凍りついてしまい、
旦那さま、と言おうとした声はどこかへ消えて、
かわりに何かしら甘く澄んだものが
胸の中から溢れてくるようであった。


・・・・・・・・・・・・・・・・

たくさんの物語を読んでいると、
誰のどの作品だったか思い出せない時があります。
この「しずれの音」は、
乙川さんの作品の中でも忘れられない物語だったのですが、
題名を思い出せずにいて、今回やっと巡り逢えました。

寝たきり状態になってしまった母親を
兄夫婦が妹である寿々(すず)に面倒を押し付けます。
ひと月が一年と理由をつけられ延ばし延ばしにされ、
夫である周助の我慢も切れ、
母を兄の所へ連れて行けと寿々に言います。
寿々も早くに亡くなった父の代わりに
苦労をし続けた母親の面倒を拒む兄に対して
非情であると思いながらも、
母を思って何とか我慢をしていましたが、
いよいよ兄の元へ送り返すことになり、
母を荷車に乗せて寿々一人で雪道の中を運びます。

母吉江は、自分が息子夫婦の所でも邪魔にされ、
娘宅にいれば寿々夫婦の仲もうまくいかない事に
心を痛め、寿々の夫周助に息子の所へ
送り返してくれるよう頼むのでした・・・。


荷車を引きながらの寿々の行動と思いが大変印象深いです。
母親を思う時、枝に積もった雪がどすんと落ちるしずれの音が、
寿々にとって覚悟を決めさせた音になります。

美しい言葉の表現が随所に出てくる
素晴らしい短編集でした。




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メイの誕生日

メイ生後一か月
生後一ヶ月頃のメイ


こんなにおっきくなりました!
007_20130517215047.jpg
三歳になりました。
人間で言うと28歳。
アラサーじゃん^m^
ママはのら猫でした。
ボランティアさんに保護してもらった時、
ママのお腹にはメイがいました。
三頭生まれたうちの一頭。
風邪もひかずケガもせず元気なメイです。
お誕生日おめでとう!!





蝶が舞うリースの時計
プロフィール

cn7145

Author:cn7145
生れも育ちも仙台。外見も性格もとても地味。物があふれているのが苦手。食べ物の好き嫌いほぼ無し。本と猫好き。好きな言葉「喫茶喫飯」。

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