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宇江佐 真理 「名もなき日々を・髪結い伊三次捕物余話」⑫

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伊三次とお文に支えられ、
絵師修業を続ける息子の伊与太。
一方、女中奉公に出た茜の運命は、
大きく動きはじめ…
「家族」の意味を問いかける、人気シリーズ第12弾。


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1.俯かず(うつむかず)
 「あたし、梅床で仕込んで貰おうと思っていたのだけど、
伯父さんと伯母さんが反対するんじゃ駄目ね。
いっそ、芸者になろうかなって言ったら、
伯父さん、お前のようなおへちゃには無理だって。
ひどいでしょ?あたし、夢も希望もなくんったよ」
お吉はがっかりした表情で言った。
「どうしても髪結いをやりたかったら、やればいい。
牢屋に入ることも罰金も覚悟するなら、
おれが仕込んでやるぜ。
女髪結いはそれを必要とする者がいる限り、
なくならねぇ。
その内に、お上の法も変わるかもしれねぇしよ」
伊三次は思い切って言った。


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2.あの子、捜して
 「お吉はへそ曲がりだから、
そんなことを言うんだよ。
子供は誰でも実の母親に会えたら嬉しいはずだ」
お文が横から口を挟む。
「嬉しくない訳じゃないけど、
何で今まで放っといたのかと、少しは恨みに思うよ」
「だな」
伊三次は相槌を打ったが、お文は何も言わなかった。
おさえに会って、平吉が戸惑った表情をしていたことに
合点が行く思いだった。
お吉の言うことも一理ある。
「あたし、うちのおっ母さんが何があっても
子供を手放す人じゃないとわかっているから、
なおさらそう思うのかも知れない」
お吉は低い声で言った。
「お吉、お前、心底そう思っておくれかえ」
お文は感激した声で訊く。
「当たり前じゃない。あたし、口喧嘩しても、
心の奥底じゃ、おっ母さんを信じているもの」
お吉の言葉にお文は、しゅんと洟を啜った。
伊三次も同様だった。


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3.手妻師(てづまし)
 「お前ぇさんの気持ちはよくわかった。
だが、もう済んだことだ。
お前ぇさんはこの先、殊勝にお裁きを受けることだ。
恨みを抱いたまま死ぬのは切ねぇからな」
「髪結いさんには倅(せがれ)がいるのかい」
「ああ、おりやすよ。十七の倅が」
「いいな。倅が羨ましいよ。
おれもあんたみてぇなてて親がほしかった」
鶴之助の声にため息が交った。
伊三次も胸にぐっと来ていたが、
うまい言葉が出なかった。


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4.名もなき日々を
 星がやけに光って見える。
この広い江戸でつまらない悩みを抱えているのは
自分だけのような気がした。
ほおっと吐息をついた時、草叢(くさむら)から虫の声が聞こえた。
もう秋だ。
来年の今頃、自分はどのような気持ちで
過ごしているだろうかと、ふと思う。
皆目、見当もつかない。
しかし、来年の今になるためには、
同じような日々を過ごさなければならない。
その一日、一日を積み重ねるのが少し苦痛に思える。


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お栄が見せてくれたのは、破れ鍋に真紅の大きな牡丹を植え、
それをうっとり眺めている百姓らしき男の絵と、
杣人(そまびと)が地面に立てた大斧(おおよき)に凭れ(もたれ)、
空を渡る雁の群れを見上げている絵だった。
伊与太は思わず涙ぐみそうになった。
およそ風流とは縁のない暮らしをしている者でも、
美しい花を見れば美しいと感じる心がある。


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「毎日、毎日、伯母さんの髪を結っている内に
手が覚えるのさ。
だけど、うまく結うだけじゃ足りないんだよ。
その髪型がお客に気に入られなきゃ駄目さ。
うまい髪結いだと、一度結うと、
十日も形が崩れないんだよ」
「あたし、十日は無理。せいぜい三日ね」
「お客は十日もつ髪結いと三日で駄目になる髪結いと
どちらを選ぶ?」
「そりゃあ十日に決まっているよ」
「十日もつ髪結いにおなり」
お文はきっぱりと言うと、歩みを進めた。


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不破は赤ん坊を見つめ、
しばらく黙っていた。
心なしか眼が潤んでいる。
「旦那、何かお言葉を掛けて下さいまし」
お文が勧めると、不破は決心を固めたように、
ひとつ大きく息を吐いた。
「ようこそ不破家へ。
皆々、お待ち申しておりました。
これからは恙なく(つつがなく)成長されますことを、
不破、心よりお願い申し上げる次第に存じまする」
芝居掛かった台詞は、普段なら苦笑を誘うはずなのに、
誰も笑う者はいなかった。
本当に誰もが望んでいた子供の誕生だった。




いつもありがとうございます
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cn7145

Author:cn7145
生れも育ちも仙台。外見も性格もとても地味。物があふれているのが苦手。食べ物の好き嫌いほぼ無し。本と猫好き。好きな言葉「喫茶喫飯」。

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