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宇江佐 真理 「おはぐろとんぼ」


おはぐろとんぼ 江戸人情堀物語おはぐろとんぼ 江戸人情堀物語
(2009/01/21)
宇江佐 真理

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父親の跡を継ぎ、日本橋小網町の料理茶屋で料理人を勤めるおせん。上方で修業をし、新しくおせんの親方になった板前の銀助と、上方の料理を店に出すことを嫌うおせんとはたびたび意見が食い違う。そんないらいらした気分の日々が続くとき、おせんは、店にほど近い稲荷堀の水を眺めて心をしずめていたが、ある日湯屋で銀助と娘のおゆみと鉢合わせしたことから心に小さな変化が――仕事一筋に生きてきた女に訪れた転機と心模様を描く、表題作の「おはぐろとんぼ」ほか、薬研堀、油堀、源兵衛堀、八丁堀などを舞台に、江戸下町で堀の水面に映し出される、悲喜交々の人情のかたち六編。江戸市井小説の名手が描く感動の傑作短編集です!

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1.ため息はつかない
 
「お嬢さんは、うちのお袋のことをどんな女だと思っていました?」「柳橋の芸者さんだったってね。普段着を着ていても様子が垢抜けていたよ。勘助の話じゃ、お前を引き取ってからも後添えの話があったらしいよ。だが、皆、先様に子供がいる人ばかりだった。お前を連れて後添えに入れば、お前だけを可愛がる訳には行かない。また、子供のいない男は甲斐性なしで、先行きが不安だった。それでとうとう独り身を通してしまったんだよ」胸が熱くなる。喉が苦しい。豊吉は掌を口許に押し当てて咽んだ。「お前のおっ母さんこそ、ため息をつきたかっただろうね。あたしは、そう思うよ。」

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2.裾継(すそつぎ)
 
彦蔵は大きく肯いた。表櫓と裏櫓を繋ぐ意味の裾継は、まるで何かの象徴のようにも、おなわには思えた。いや、おなわはわかっていた。裾の補強に当てられた布は、おなわ自身であると。おみよが去って行った不足を補うのが、おなわの役目だったからだ。そう考えると、裾継という場所におなわがやって来たことの意味が腑に落ちる。

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3.おはぐろとんぼ
 
「うちがおらんかったら、小母さんはお父ちゃんと一緒になってくれはるの」おゆみは箸を止めて、おせんに訊く。「おゆみちゃん」おせんは何んと応えていいかわからなかった。「そいじゃ、うち、よその子になるし」おゆみが言った途端、おせんはたまらず掌で口許を覆った。父親を思うおゆみの気持が切なかった。「そういうことじゃないのよ、おゆみちゃん。小母さんはおゆみちゃんのおっ母さんになる自信がないだけなのよ」おさとは噛んで含めるように言った。「うち、言うことを聞くよ、小母さん。稲荷湯で百数えるまで湯舟に浸かるよ。それでもあかん?」

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4.日向雪(ひなたゆき)
 
竹蔵は死んで、ようやくほっとしたのかも知れないと梅吉は思った。(もう、金の工面をしなくてもいいぜ。竹、安心したろ?)梅吉は竹蔵の入った棺桶に胸で話し掛けた。荒縄で括られた棺桶は松助と与吉に伴われて静かに助次郎窯を出て行った。梅吉と職人達は掌を合わせて、それを見送った。瓦のけりをつけたら、助蔵に休みを貰い、すぐに梅吉は後を追うつもりだった。春だというのに、ちらちらと雪が舞っていた。空は明るい。それもそのはず、頭上には陽が出ていた。陽射しは源兵衛堀に柔らかな光を落としていた。「日向雪ね。お天道さんも竹蔵さんの供養をしているみたい」潤んだ眼をしたおちよが呟いた。

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5.御厩河岸(おうまやがし)の向こう
 
「向こうのおっ母さんが、ままを炊いて仏壇に供えると、鼻から湯気を呑むようで温かかった。仏さんには温かいものを供えるといいんだよ。線香の煙も温かくてよかったよ」「仏壇に毎日ままを供えているかい」「ええ。時々、忘れてお姑さんに叱られることもあるけどね」「時々なら忘れても構いやしないよ。忙しかったら、墓参りも無理にすることはない。肝腎なのは死んだ者のことを時々、思い出してやることさ」

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6.隠善資生の娘
 
「苦労したのだな」隠善がそう言うと、おみよは泣き笑いの顔で「でも旦那とお知り合いになれて、あたしは嬉しかった。おまけに、旦那の娘じゃないかと思って下さるなんて」と言った。「十六年前におれは前の家内を亡くしておる。家にいた中間に襲われたのだ。家内は助からなかったが、その時、家にいた女中と一緒に娘がいなくなったのだ。未だに行方知れずのままだ。おれも親だから、いつまでも娘のことが忘れられない。おみよを見て、前の家内に似ていると思うと、ここへ通わずにはいられなかったのだ。

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いつもありがとうございます


 
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生れも育ちも仙台。外見も性格もとても地味。物があふれているのが苦手。食べ物の好き嫌いほぼ無し。本と猫好き。好きな言葉「喫茶喫飯」。

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