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向田 邦子 「愛という字」 


愛という字 (文春文庫)愛という字 (文春文庫)
(1996/09)
向田 邦子

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意外なきっかけで知り合った男は画家だった。
繊細な指、しゃれた服装、そして胃を病んでいる。
丈夫で平凡なサラリーマンの夫とは何から何まで違っていた。
魅力的な男の出現に揺れる微妙な女心を描いた表題作の他、
温かくてちょっとホロ苦い向田ドラマの秀作
「びっくり箱」「母上様・赤沢良雄」を収録。

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1.びっくり箱

「お母ちゃん、それでいいの、寂しくないの」

「もともと一人だもの。
一日ミシンガタガタやってりゃ、何とか生きてゆけるよ」

とし江は気丈に応えた。
しかし厚子は、とし江の瞳に浮かぶ哀しみの色を見逃さなかった。
淋しさとあきらめ・・・。
つい最近同じ表情を見たような気がした。
どこだったか。
そう考えた時、厚子はハッと息をのんだ。
小塚やすの遺影、あの表情である。
女が女であることをあきらめた時、
その表情は何と暗く悲しく見えるものか。

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2.母上様・赤澤良雄

「うちの正一ったらね、一番おしまいの手紙に
『日本へ帰って、おっかさんと一緒にカエルの声を聞きたいです』って・・・」

しまはハッとして、仏壇の中の遺影に目をやった。
供えたばかりの白菊の花陰から、うら若い特攻隊員が、
しまに向かってテレくさそうな微笑みを投げかけている。
形の良い口許からほんの少しこぼれた歯が、
白菊よりも白く清々しく見えた。


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3.愛という字

「初めて聞いた色の名前だから、新鮮に聞こえたのね。
パープルレーキは、とりレバーの色・・・
モーブは、うちの庭に咲くスミレの色だわ。
毎日の暮らしの中にあったのよ」

直子は、睫毛を瞬いて、雨の雫を払った。

「・・・・そうかもしれないな。
病院で僕の手首をつかんだあの力は、愛だなんて言ったけど、
『空巣』と間違えて、僕の手首をつかんだときの方が、
強かったかもしれない」

「・・・・・」

「ご主人への愛の方が強かったわけだ」

「物欲じゃないかしら。女はケチだから・・・」

守田は苦笑すると、直子も自嘲の笑いを浮かべた。
雨が激しくなっている。

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生れも育ちも仙台。外見も性格もとても地味。物があふれているのが苦手。食べ物の好き嫌いほぼ無し。本と猫好き。好きな言葉「喫茶喫飯」。

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