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宇江佐 真理 「幻の声・髪結い伊三次捕物余話」①

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本業の髪結いの傍ら、
町方同心のお手先をつとめる伊三次。
芸者のお文に心を残しながら、
今日も江戸の町を東奔西走…。
伊三次とお文のしっとりとした交情、
市井の人々の哀歓、
法では裁けぬ浮世のしがらみ。
目が離せない珠玉の五編を収録。
選考委員満場一致で
オール読物新人賞を受賞した渾身のデビュー作。

・・・・・・・・

1.幻の声
 伊三次は十二の時から京橋・炭町で内床を構えている
「梅床」十兵衛の弟子に入った。
十兵衛の女房のお園は伊三次の実の姉であった。
父親が普請現場の足場から落ちて怪我をして、
それが原因で呆気なく死ぬと、
もともと身体があまり丈夫ではなかった母親も
後を追うように半年後に死んでしまった。
伊三次はお園に引き取られた。
たった二人のきょうだいだった。

2.暁の雲
 「それは違う。もちろん一番悪いのはその浪人だ。
だが事が事だ。兄さんに慰めて貰おうなんざ甘い考えだ。
姉さんはもう芸者じゃない、堅気のお内儀だ。
昔は色が絡んだお座敷もあっただろうが、
それとこれとは別だ。
夫婦だから何でも喋っていいというものでもねエ。
むしろ喋らないことが兄さんに対する思いやりだ。
姉さんは自分の重荷を兄さんに背負わせただけだ。
むごい話だ、正直聞いて呆れる」

3.赤い闇
 不破はゆきの火打石のことは伊三次に口止めした。
卑怯と思われようが事の真相を晒す気はさらさらなかった。
「そうですよね。いまさら死んだ人間のやったことを
お白洲に持ち込んでもどうなるもんでもありやせんからね」
そう言った伊三次の言葉が唯一の不破の救いだった。
日向の御長屋に火をつけたのは、
あれはゆきのいなみに対する友情だったのだろうか。
ゆきの中にためらいはなかったのか。
いなみの無念が晴れる、いなみを喜ばしたい、
ただそれだけの理由で事が起こせたのか、
不破にはわからなかった。

 
4.備後表
 おせいはそれから一年後に死んだ。
喜八の子供に産湯を使わせ、
お君の産後の世話を果たし、
さらに表を二十畳も拵えて(こしらえて)から
おせいは逝った。
自分の表を酒井家の奥で見たことが唯一の誇りだと
死ぬまで言っていたそうだ。
いつもは忙しさに紛れて暮らしている伊三次だったが、
菊の咲く頃、決まっておせいを思い出した。
それは少年の頃の少し寂しくて切ない思い出も伴った。
菊は葉も茎も立ち枯れても、
なお花の部分だけは鮮やかに形を保つ辛抱強い花だ。
そんな菊はまるでおせんのようだと伊三次は思う。

5.星の降る夜
 「そうでしょうか。わたくしも弥八もお金で鳧(けり)の
つくことではないですか。お金さえあれば余計なことは
考えなくて済みますもの。
さきほど不破はたかが三十両と言いましたよね?
たかがと吐き捨てるほどには右から左へと動かせるお金では
ありません。それは不破もわかっております。
もちろん、うちにもそのようなお金はありません。
たかがと言うなら、たかが同心の家に三十両もの
大金はある訳がないと言うべきですわね。
でも不破のお義父様はわたくしのために
二十八両を工面なさいました。
先祖代々からの書画骨董を処分なさったからです。
その中には先代の上様にまつわる物もあったそうです。
そのような大切な物が、たかが二十八両で買い叩かれ、
たかが遊女一人に遣われたのです。

お義父様は金で済むことなら大したことではないと
おっしゃいました。
お金でわたくしの一生が買えたのなら安いものだと
おっしゃいました。
いなみは悪いのではない、
悪いのは世の中だ。
のう、いなみはこのように良い嫁女だ、
友之進にはもったいないくらいだ、と・・・。」




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生れも育ちも仙台。外見も性格もとても地味。物があふれているのが苦手。食べ物の好き嫌いほぼ無し。本と猫好き。好きな言葉「喫茶喫飯」。

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