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宇江佐 真理 「紫紺のつばめ・髪結い伊三次捕物余話」②

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材木商伊勢屋忠兵衛からの度重なる申し出に心揺れる、
深川芸者のお文。
一方、本業の髪結いの傍ら同心の小者を務める伊三次は、
頻発する幼女殺しに忙殺され、
二人の心の隙間は広がってゆく…。
別れ、裏切り、友の死、そして仇討ち。
世の中の道理では割り切れない人の痛みを描く
人気シリーズ、波瀾の第二弾。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

1.紫紺のつばめ
「家は手入れをしなければすぐに古びや
汚れが目立って来る。
それは人にも言える。
蛤町の家もあんたも、そろそろ手入れが
必要じゃないのかね、
そのためにわたしはひと膚脱ぎたいのだよ」
「他意はないとおっしゃるんですか」
「ああ、ない」
忠兵衛はきっぱりと言った。



2.ひで
 それは夢か幻であったのだろうか。
伊三次の目の前を雷神の彫り物をした男の背中が
通って行った。
「ひで!」思わず声が出た。
伊三次に呼ばれた男は瞬間、振り返ったが、
陽の光がまともに男の顔を照らし、
その表情は定かにはわからない。
白い眩しい光を浴びた男は
微か(かすか)に伊三次に向けて
笑ったような気がした。
「ひで!」伊三次はもう一度叫ぶように男を呼んだ。
そんなはずはなかった。
日出吉は宵宮の朝に息絶えたのだから・・・。



3.菜の花の戦ぐ(そよぐ)岸辺
 「わっちは芸者だ。
客に愛想を振り撒いて銭を引っ張ることだって
ありますよ。
確かにわっちは伊勢忠の旦那に家も直して貰ったし、
着る物の世話も掛けた。
御祝儀(おはな)にしては高過ぎるかも知れない。
だが、わっちは伊勢忠の旦那の囲い者になったつもりは
ありませんよ。
亡くなった先代の好意だと思って受けてくれと
伊勢忠の旦那はおっしゃいましたよ。
銭に物を言わせてわっちを思い通りにしようなんて
野暮なお人じゃない。
仮にそう言ったとしたら、
わっちは伊勢忠の旦那の言い分を蹴っていたでしょうね。
これでも羽織芸者だ。
芸は売っても身体は売りませんよ」
お文がそう言うと、座敷の隅で話を聞いていた正吉が、
「よ!」と掛け声を入れて掌を打った。
「文吉姐さん、いっちすてき」
増蔵はものも言わず立ち上がり、
正吉の前に進んでその頭を張った。


「増蔵さん、これが慌てずにいられますか。
牢送りになった下っ引きがどんなことになるか、
あんたも満更知らない訳でもあるまい。
お白洲に出る前に苛め殺されちまいますよ。
牢の中には、あの人の顔を憶えている者が
何人もおりますからね。
しょっ引かれた恨みをここぞとばかり晴らすでしょうよ。
大番屋にいる内はまだましというものだ。
とにかく増蔵さん、本当の下手人を早く捜して。
あの人にもしものことがあったら、
わっちは一生恨みますよ。
いや・・・わっちは後を追うかもしれませんよ」
お文は増蔵を脅すように低く言った。
「きゃあ、姐さん、芝居の心中もののような台詞だ。
乙にすてき、すてき」
正吉の能天気な物言いに、
増蔵の手がまた伸びていた。



4.鳥瞰図(ちょうかんず)
 「おどきなさい」いなみは伊三次に厳しい口調で言った。
「いいえ、退きやせん」
「お若いの、いなみ殿がそれがしを斬らねば
是非もないとおっしゃられるなら、
老い先短いこの命、何んの未練がござろう。
存分にご無念を晴らしていただきましょう」
そう言った日向から微かに伽羅(きゃら)の香が匂った。
なぜか伊三次はその年寄りを死なせてはならないと思った。


 
5.摩利支天(まりしてん)横丁の月
 「お殿様は世間の噂になっているような人じゃなかったのよ。
ただ、あたし達が遊んで笑い合っているのを
喜んでいただけなの。
でも、そんなこと言っても誰も信じない。
何を言っても言い訳になるから、あたし黙っていたのよ」
「おみつ、湯屋のお内儀さんは嫌か?」
弥八は唐突におみつに訊いた。
「え?」おみつは呑み込めない顔で弥八を見た。
「知ってるだろ?おいら、親父の養子になったんだぜ。
親父には子供がいなかったからよ。
末は松の湯のご主人様よ。
だが、おみつはおいらなんて頼りにならねぇから
嫌なんだろ?」
おみつは返事ができなかった。
何と答えていいかわからなかった。
「嫌でもいいんだ。
嫌でもおいらの気持ちは変わらねぇ。
ずっと変わらねぇ・・・・」




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生れも育ちも仙台。外見も性格もとても地味。物があふれているのが苦手。食べ物の好き嫌いほぼ無し。本と猫好き。好きな言葉「喫茶喫飯」。

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