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宇江佐 真理 「さらば深川・髪結い伊三次捕物余話」③

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「この先、何が起ころうと、それはわっちが決めたこと、後悔はしませんのさ」
誤解とすれ違いを乗り越えて、伊三次と縒りを戻した深川芸者のお文。
後添えにとの申し出を袖にされた材木商・伊勢屋忠兵衛の
男の嫉妬が事件を招き、お文の家は炎上した。
めぐりくる季節のなか、急展開の人気シリーズ第三弾。


・・・・・・・・・・・・・・・・

1.因果堀
 増蔵がお絹を庇ったのは、そうして置き去りにおしたお絹への
罪の意識だったのだろう。
増蔵はお絹への償いのために一緒に逃亡しようとしたのだ。
守るべき田のない村に戻ったところで栓のない話だったとしても。


2.ただ遠い空
 「姉さん、あたい、今まで勝手気儘にやって来て、
それはそれでちっとも悔んじゃいないけれど、
一つだけ心残りがあるんだ」
おこなはしみじみした口調でお文に言った。
「何だえ?」お文は洟(はな)を啜っておこなに訊いた。
「あたいも、あの真っ白い衣装でお嫁に行きたかったって」


3.竹とんぼ、ひらりと飛べ
 伊三次はお文の桜色の爪に器用に小鋏を当てた。
「手紙なんざ、書いたりするのか?」
伊三次はお文の足に視線を落としたまま、さり気なく訊いた。
「何の話だ?」
「いや、ただ手紙を書くこともあるのかって言ってるだけだ」
「・・・・・」
「とても倖せに暮らしているから、
このままそっとしておいてほしいって・・・そん手紙をよ」
返事をしないお文に顔を向けると、
その眼に膨れ上がるように涙が湧いていた。
やはり、と伊三次は思った。
「せめて最後に顔を見せてやったらよかったんだ。
手前ぇは薄情な女だぜ」
美濃屋のおりうが死んだことで伊三次は自然に詰る(なじる)
口調になった。
「会って・・・・どうするんだよう。
会ったって一緒に暮らせる訳もねぇ。
その後が切ないだけさ」


4.護持院ケ原
 「赤ん坊の頃、親に捨てられたそうだ。
寺の坊主が親身になって育てたが、あの顔だ。
城の殿様に目をつけられて色子にされて・・・
思えば気の毒な野郎だよ。
そういうことが重なれば、
どんなまともな奴もでなくなる」
留蔵の言葉に弥八と伊三次はつかの間、黙った。
留蔵は観念した源之丞から鏡泉の生い立ちを聞いたのだ。


5.さらば深川
 「増さんに、この際、所帯を持てと言われた」
伊三次は少し躊躇したような顔をして口を開いた。
お文は驚いて振り返った。
「それでお前ぇは何と応えた?」
「うんと言ったよ」
「・・・・・」
伊三次が黙っているお文を心配そうな表情で、
じっと見ている。
「お前ぇはひどい男だ。
わっちが家をなくしてから、ようやくそんな話をする」
お文は、しばらくしてから吐息混じりに言った。
「家持ちの辰巳の姐さんに、
廻りの髪結い風情が豪気なことは言えねぇと思ってよ」
伊三次は言い訳するように応えた。
「こんなふうになるのを待っていたのかえ?」
「そういう訳じゃねぇが・・・」
「もっと前にその台詞、聞きたかったねえ」
お文はしみじみした口調で言った。
「遅いのか?」伊三次は真顔で訊いた。
「さあて、遅いか遅くないかは、わっちでもわからない。
これが潮時と言われたら、そうかも知れないと応えるだけだ」




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生れも育ちも仙台。外見も性格もとても地味。物があふれているのが苦手。食べ物の好き嫌いほぼ無し。本と猫好き。好きな言葉「喫茶喫飯」。

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