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宇江佐 真理 「さんだらぼっち・髪結い伊三次捕物余話」④

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芸者をやめたお文は、伊三次の長屋で念願の女房暮らしを始めるが、
どこか気持ちが心許ない。
そんな時、顔見知りの子供が犠牲になるむごい事件が起きて―。
掏摸の直次郎は足を洗い、伊三次には弟子が出来る。
そしてお文の中にも新しい命が。
江戸の季節とともに人の生活も遷り変わる、
人気捕物帖シリーズ第四弾。


・・・・・・・・・・・・・・・・

1.鬼の通る道
 「坊ちゃんが口を噤(つぐ)んでいたのは、
あぐりお嬢さんが悲しむと思ったからですよ」
「知るかッ!」
「下手人をお縄にすれば、旦那はそれでいいんですかい」
伊三次は試すように不破に訊く。
「何?」
「あの下手人には娘がいた。
その娘がその先、どうなるかまで坊ちゃんは考えていたんですよ。
こいつは旦那より坊ちゃんの方がよほど人間のできがいい。
下手人の家族を世間様から守ってやるのも町方役人の
務めじゃねぇですか、違いますかい」



2.爪紅(つまべに)
 一日仕事して、お文と差し向かいで飯を喰い、
湯屋に行き、お文を抱いて眠りに就く。
何ということもない毎日である。
おおかたの江戸の人々の暮らしである。
これがつまり倖せなのだ。
このささやかな倖せを阻(はば)むものがあるとすれば、
よりうまい物を喰いたい、
いい着物を着たい、
辛い仕事をせずに楽をして暮らしたいという
人間の欲のせいに思えてならない。


3.さんだらぼっち
 「お須賀さん、後生だ。
お千代ちゃんが可哀想だから、もう堪忍してやって」
お文は哀願するような声で言った。
「お文さんが幾ら優しくしても、
この子の夜泣きは治まらないんですよ。
いいから、家の中に戻って下さいな」
お須賀の手には火の点いた線香ともぐさらしいものが握られている。
線香は一本どころか一束だ。
闇の中で火の点いた線香が赤くひかっている。
「お須賀さん、それじゃお千代ちゃんが火傷しちまう」
「いいんですよ。火傷しようがどうなろうが、
あんたの知ったことじゃありませんよ。
うるさいねえ、いちいち・・・」
お須賀は舌打ちをして吐き捨てる。
その言葉で、お文の胸の中で何かが弾けた。
「お千代ちゃんの泣き声より、
お前ぇの怒鳴り声がやかましいんだよ」
お文は低くしゃがれた声でお須賀に凄んだ。



4.ほがらほがらと照る陽射し
 「おれも何んでお文があんなことをしたのか、
最初はわからなかった。
不破の旦那の奥様がおっしゃったことによると、
夏の盛りに町方役人の親戚の娘が死んでいるんですよ。
お文はその死んだ娘と、どうやら顔見知りだったらしい。
ずい分可愛がっていたようなふしもあったから、
がっくり気落ちしたんだな。
それでまあ、夜泣きの娘が母親に叱られた時に、
死んだ娘と重なった気がして思わずやっちまったんだろう。
いずれにしても、
そん時のお文の気持ちは普通じゃなかったと思うが・・・」


5.時雨てよ
 お浜は六十を過ぎた年寄りだが、
まだまだ腕は衰えていない。
今まで三百人もの赤ん坊を取り上げたと自慢していた。
お文のことは乳首の色を確かめ、
腹を摩っただけで「はい、おもでとうさん。
養生して元気なお子を産みなさいよ」とすぐに言った。
ぼんやりしていたことに、はっきりと結論が出た。
しかし、お浜の家を出ると途端に心細い気持ちになった。
おみつにあんなことでもなかったら、
お文は真っ先に伝えただろうと思う。
きっとおみつは喜んでくれたはずだ。



いつもありがとうございます
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Author:cn7145
生れも育ちも仙台。外見も性格もとても地味。物があふれているのが苦手。食べ物の好き嫌いほぼ無し。本と猫好き。好きな言葉「喫茶喫飯」。

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