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宇江佐 真理 「雨を見たか・髪結い伊三次捕物余話」⑦

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北町奉行所町方同心見習い組には六人の若者がいる。
伊三次の仕える不破友之進の嫡男、龍之進を始め、
緑川鉈五郎、春日多聞、西尾左内、
古川喜六、橋口譲之進という面々。
俗事に追われ戸惑いながらも、
江戸を騒がす「本所無頼派」の探索に余念がない。
一方、伊三次とお文の関心事は、
少々気弱なひとり息子の成長だが。


・・・・・・・・・・・・・・・・

1.薄氷(うすらひ)
 「よし、かしこいぞ。
さ、お前ぇもおさらいだ。こいつは誰だ」
九兵衛は自分を指差して伊与太に訊く。
九兵衛は最近、伊与太へ言葉を教え込むのに熱心だ。
それから、おつむてんてんとか、
にぎにぎとかの仕種も教えている。
「おえ・・・」
伊与太は九兵衛とうまく言えず、そうなってしまう。
「おえじゃねぇよ。
おえは、ものを吐きそうになった時、思わず出る声だ。
おいらは九兵衛だ。ほら、言ってみな」
「おえ」
「全く・・・そいじゃ、こいつは誰よ」
九兵衛は伊与太の鼻の頭をちょんと突いた。
「おた」
「伊与太」
「おた」
「駄目だなあ。おっ母さんの名前ぇは?」
「ぶん」
伊与太はその時だけ張り切った声を上げた。



2.惜春鳥(せきしゅんちょう)
 「うちの人、
お正月の宴で桃太郎さんに会ったのが嬉しくて、
何度も言っていたんですよ。
あたしもお顔が見れてよかったですよ」
酒の酔いで、ぽっと赤くなったおふじがきれいな
歯並びを見せて笑った。
「わっちはてっきり、
旦那に嫌われたものとがっかりしていたんですよ」
「桃太郎さん、うちの人は気に入った人に
邪険にする癖があるんですよ」
おふじは訳知り顔で言う。
「まあ、そうですか。
それなら、さしずめ一番邪険にされたのは
お内儀さんですね」
お文が軽口を叩くと、
おふじは腰を折って笑いこけた。
よい晩になったとお文は思った。


3.おれの話を聞け
 「そうですか。
男と女は夫婦になるまで、
色々、大変なんですね」
龍之進はた吐息混じりに言う。
「さいです。てぇへんです。
簡単にくっついた者は簡単に別れやす。
本当にこの男でいいのか、
この女でいいのかと悩みながら一緒になるんでさぁ。
しかし、ものの弾みで一緒になった者でも、
存外にうまく行く場合もありやすから、
一概には言えやせんが。
まあ、縁のもんでしょう」

 
4..のうぜんかずらの花咲けば
「のうぜんかずらとは、どんな意味なのですか」
龍之進は花を見つめたままで訊いた。
「のうは覆う(おおう)、
凌ぐ(しのぐ)という意味があります。
ぜんは大空で、かずらはつるのことです。
高くつるを伸ばし、
空いっぱいに咲き誇る花ということでしょうか」
それは、まさしくお梅にぴったりの花に思えた。
のうぜんかずらはまた、
猛暑を凌ぎ、
秋まで咲き続けるたくましさもあるという。



5..本日の生き方
 「骨接ぎ医見習い直弥、
辻斬りに加担するも、
裏切りによって命を絶たれ候。
その仕形、不届き千万と雖も(いえども)、
直弥、未だ若輩者にて御座候。
早過ぎる死は小生も気の毒に感じおり候。
本日の小生の生き方、上々にあらず。
下々にあらず。
さりとて平凡にもあらず。
世の無常を強く感じるのみにて御座候」



6.雨を見たか
 「こっちは雨を見たかい」
「いんにゃ、雨は見ねぇ。これからだろうよ」
船頭はそう言って水棹を持ち直した。
三人はそのやり取りを聞くでもなく聞いた。
「雨を見たかとは、おもしろい言い方ですね」
龍之進はふっと笑って言う。
「漁師は空模様を読みますからね。
言い回しもわたし等とはひと味違っていますよ」
「雨を見ましたよ。心の中で・・・」
龍之進は独り言のように言う。




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生れも育ちも仙台。外見も性格もとても地味。物があふれているのが苦手。食べ物の好き嫌いほぼ無し。本と猫好き。好きな言葉「喫茶喫飯」。

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