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宇江佐 真理 「我、言挙げす・髪結い伊三次捕物余話」⑧

ダウンロード (4)
晴れて番方若同心となった不破龍之進は、
伊三次や朋輩達とともに江戸の町を奔走する。
市中を騒がす奇矯な侍集団、
不正を噂される隠密同心、
失踪した大名家の姫君等々、
自らの正義に殉じた人々の残像が、
ひとつまたひとつと、龍之進の胸に刻まれてゆく。
一方、お文はお座敷帰りに奇妙な辻占いと出会うが…。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

1.粉雪
 「なぜですか。押し込みを働いたんですから、
こうなったのは自業自得ですよ」
「それはそうですが、もの心ついたころから、
薩摩へこ組として修業させられてきたのです。
よいか悪いかの判断もできず、
ただひたすら武士道を全うすることだけを教えられた。
その意味では、わたしも同じですよ。
祖父も同心、父親も同心の家に育ち、
ついには自分も同心となった。
同心は下手人を捕らえるのが仕事です。
そこに何の疑いも持たなかった。
仮に、仮にですよ。
ぽーんとよその土地に放り出され、
その土地の人々の価値観が同心を悪と見なしたとしたら
どうでしょう」


2.委細かまわず
 「旦那はお務めを退いたら、
お伊勢参りに連れてってくれると約束したんですよ。
それも反故になっちまった。
まあね、約束なんて守ってくれたためしはないから、
あたしも当てにはしていなかったけどね」
おひろは独り言のように呟く。


3.明烏(あけがらす)
 惚れるのも惚れられるのも、昔のことだった。
伊三次は、もはやお文の間夫(まぶ)ではなく、
正真正銘の亭主である。
それがいやだというのではなかったが、
お文はつかの間、自分の来し方、行く末を思う。
果たしてこれでよかったのだろうかと。
稼ぎの少ない亭主の不足を補うために
お座敷づとめを続けているお文である。
本当は家の中のことだけして呑気に暮したい。
息子の伊与太ともう少し遊んでやりたかった。


4.黒い振袖
 「姫、駕籠で参りましょうか」
龍之進がそう言うと、姫は首を振った。
「わらわは、そなた達と一緒に歩きたい」
姫の言葉に譲之進は嬉しさのあまり
「うふっ」と、野太い声で笑った。



5.雨後の月
 伊与太は縁側に腰を下ろし、
時々、足をばたばたさせながら伊三次を待っていた。
伊三次の姿に気づくと「ちゃん!」と甲高い声を上げた。
「待たせたな。勘弁してくんな。
これでも急いでやって来たんだぜ。
あれ、茜お嬢さんは?」
傍に茜の姿はなかった。
「お嬢はねんね」
伊与太はつまらなそうに応えた。
「そうか。お前ぇは昼寝をしなかったのか」
「うん。おうちじゃないから」
そう言った伊与太の眼は潤んでいた。
よほど寂しかったのだろうと思うと、
伊三次は胸が詰まった。
腕を伸ばすと伊与太はぶつかるようにしがみついてきた。



6.我、言挙げす(ことあげす)
 「古事記の中巻に倭建命が伊服岐能山(いぶきのやま)へ
山の神の退治に出かける話がある。
その時、倭建命は白い猪と出くわすのだ。
倭建命は、その猪を神の使者と思い、
帰り道でおまえを殺してやる、と猪に言う。
それがわが国最古の言挙げの用例とされておる」
松之丞は、おもむろに言挙げの謂れ(いわれ)を語った。
「そうしますと、自分の意志をはっきりと言うことが
言挙げになるのですね」



いつもありがとうございます
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生れも育ちも仙台。外見も性格もとても地味。物があふれているのが苦手。食べ物の好き嫌いほぼ無し。本と猫好き。好きな言葉「喫茶喫飯」。

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