FC2ブログ

宇江佐 真理 「明日のことは知らず・髪結い伊三次捕物余話」⑪

ダウンロード
昔はよかったと言ったところで、
時間は前に進んでいくばかり。
過去を振り返っても仕方がない。
本作のタイトル通り、明日のことはわからないのである…。
大人気シリーズが誕生して二十年。
髪結いの伊三次と、その恋女房で深川芸者のお文。
仲の良い夫婦をめぐる人びとの交情が、
時空をこえて胸を震わせてくれます。


・・・・・・・・・・・・・・・・

1.あやめ供養 
 あやめを丹精することが生きがいの老婆が、
庭で頭を打って亡くなってしまう。
彼女の部屋から高価な持ち物が消えていることを
不審に思った息子は、伊三次に調査を依頼する。
暗い過去を持つ、花屋の直次郎が疑われるが……。

 「そいじゃ、お言葉に甘えて、
たったひとつだけほしい物がありやす」
「そ、そうか。それは何んですかな」
桂庵は、つっと膝を進めた。
「九兵衛に、わたしの弟子の九兵衛に
廻りの髪結いをする時の台箱を誂えて(あつらえて)おくんなさい。
一生持ってもガタが来ない頑丈で上等な台箱を」
「伊佐次さん・・・」
そう言ったきり、桂庵は言葉に窮した。
図に乗った願いだったろうかと伊佐次は慌てた。
だが、そうではなかった。
「弟子のために台箱がほしいのですか。
何んとも欲のない。他には何か」
「いえ、それだけで充分です」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2.赤い花 
 伊三次の弟子、九兵衛に縁談が持ち上がる。
相手は九兵衛の父親が働く魚屋「魚佐」の娘だが、
これがかなり癖のあるお嬢さんだった。

 するとおてんは、
本当に男に生まれたかったんだと胸の内を明かした。
伝五郎という若者はとぼけた表情をして、
喋ることも冗談交じりの男だった。
その伝五郎が、幾ら男に生まれたかったと言ったところで
無理な話ですぜ、お嬢さんはおなごとして
十八年も生きて来たんですからね、
今さら股の間から金玉が生えても困るでしょうと言った。
その言葉に男達は爆笑したが、
おてんは反対に咽び(むせび)泣いたという。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

3.赤のまんまに魚(とと)そえて 
 浮気性で有名な和菓子屋の若旦那は、
何度も女房を替えているが、
別れた女房が次々と行方知れずになるとの噂があった。
このことを聞いた伊三次は同心の不破友之進に相談する。
 
 「しかし、同じようなことが二度、三度も続いては、
黙っている訳にも行きやせんぜ。
夫婦喧嘩をして、
こんな女房はぶち殺してやりたいと思っても、
際にそんなことをする奴はおりやせん。
人が人をあやめちゃならねェと、
ぎりぎりのところで踏み留まるからですよ。
だが、世の中には踏み留まれず、
一線を越える者がおりやす。
一線を越えてしまえば、
次もその次もさして頓着しなくなるんでしょう。
もはやそいつは単なる下手人でなく、
鬼になっているんですよ。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

4.明日のことは知らず 
 伊三次の息子、伊与太が心惹かれ、
絵に描いていた女性が物干し台から落ちて亡くなった。
葬式の直後、彼女の夫は浮気相手と遊び歩いていた。
一方、不破家の茜は奉公先の松前藩で、
若様のお世話をすることになっていた。
 
(伊与太、優しい伊与太。
お前は元気で修業に励んでいることだろうね。
わたくしは大人の思惑に神経をすり減らしているのだよ。
自分が望んだ道とはいえ、わたくしは辛くてたまらない。
伊与太、子供の頃はよかったね。
何も悩みなどなく、思う通りに生きていたのだから。
わたくしが死んだら、
伊与太、涙のひとつもこぼしてくれるだろうか。
お前と夫婦になるなど、
よくも甘い夢が見られたものだ。
伊与太、愚かなわたくしを笑っておくれ)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

5.やぶ柑子(こうじ) 
  仕えていた藩が改易になった男。
知り合いの伝手を辿って再仕官しようとするが、
なかなか上手くはいかず、次第に困窮していく。 
 
「いいえ。
気に入らぬ芸者の顔を見ても、
おもしろくも何ともありませんから。
ですが、久慈様。
わっちもちょいと言わせていただきますよ。
料理茶屋に芸者を呼んで、芸者風情が口を挟むなとは、
ずい分なおっしゃりようでござんすね。
聞けば、昔、お世話になったお仕事仲間の息子が
浪人に甘んじているというのに、
面倒を見るどころか、近づくな、痛い目に遭わすぞとは、
血も涙もないやり方じゃござんせんか。
ご自分が士官の口にありつけば、
他の者はどうなっても構やしないということですか。
細川様もとんだ人間を抱えたものだ。
有田屋さん、袖の下はいかほど久慈様に差し上げたのですか。
わっちは口が軽いから、うっかり喋ってしまいそうですよ。
細川様のお留守居役の安藤様はわっちのご贔屓のお客様なんですよ。
それじゃ、ごめん下さいまし」
お文はいっきにまくし立てると廊下に出た。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
6.ヘイサラバサラ
 不老不死の薬」を研究していた医者が亡くなった。
彼の家には謎の物体が残されていたが、
ひょっとしたらそれが高価なものかもしれない
と思った家主は、伊三次に調べてもらうことに。

 しかし、と伊三次は考える。
不老不死は、はたして本当に倖せなのことなのだろうかと。
人は生まれて寿命が尽きた時にぽきりと死ぬ。
それが悪いこととは思えなかった。
自分は家族のために一生懸命働き、
伊与太とお吉を一人前にし、孫の顔を見て死にたい。
お父っつぁん、逝かないで。
じいちゃん、死なないでと
惜しまれながら息を引き取るのは何んて倖せな最期だろうか。
この世には人が想像もできない不思議なものがある。
それを知ることも生きていればこそだ。
するとヘイサラバサラも沈香も生きている証に思えて来る。
それらは決して人のためになる目的でこの世に現れた訳でもないのに。
人は自然の様々な恩恵を受けて生きている。
いや、生かされているのだと伊佐次は思う。



いつもありがとうございます
関連記事
スポンサーサイト



comment

Secret

プロフィール

cn7145

Author:cn7145
生れも育ちも仙台。外見も性格もとても地味。物があふれているのが苦手。食べ物の好き嫌いほぼ無し。本と猫好き。好きな言葉「喫茶喫飯」。

カレンダー
12 | 2020/01 | 02
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
日記
6754位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
2570位
アクセスランキングを見る>>
最新コメント