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宇江佐 真理 「月は誰のもの・髪結い伊三次捕物余話」

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超人気シリーズが、書き下ろし長編小説に!
髪結いの伊三次と芸者のお文。
仲のよい夫婦をめぐる騒動を、
江戸の夜空にかかる月が見守っている。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

「いきんで、いきんで」
お浜の声が勇ましい。
お文は唇を噛み締めてがんばっている様子だ。
「さあ、もう一度。そうそう、上手、上手」
伊三次は座っていられず、
襖の前でじっと耳をそばだてた。
「お文、がんばれ」
そんな声が自然に出る。
「やかましい!今が正念場だ。
余計な半畳を入れるんじゃないよ」
お浜が憎らしい言葉を返して来た。
「余計な半畳って・・・」


・・・・・・・・・・・・・・・・・

月は誰のもの?
伊与太が要左衛門に問い掛けた言葉が思い出された。
月は誰のものでもない。皆のものでもない。
月は月だ。
ただ空にあって、青白い光を地上に投げ掛けるだけだ。
また、人の心持ちによって、
月は喜びの象徴ともなれば
悲しみの象徴ともなる。
なまじ満ち欠けをする月だからこそ、
人々の気持ちが投影されるのだろう。
いつも月を美しいと感じていられるように、
ありがたいと思っていられるように。
お文はそっと掌を合わせて祈る。
要左衛門はもしかして、
お文にとっては月のような存在だったのかも知れない。
そんな気がしてならなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

「何かあった時って何ですか」
「そのう、行かず後家と深間になるとかよ。
男はなあ、女に言い寄られると悪い気持ちが
しねぇもんだな。
つい、ふらふらっと傾いちまう。
世間にはよくあることだ。
だが、お前ぇの女房は並の女じゃねぇ。
辰巳仕込みの芸者だ。
女房が孕んでいる時によその女に
懸想したとなったら決して許さねぇ。
あっさりお前ぇをお払い箱にしてしまうだろう。
女房はその気になりゃ二人の餓鬼ぐらい立派に
育ててやると啖呵を切るぜ」
松助は脅すように言った。
伊三次はようやく周りに心配させていると感じた。


・・・・・・・・・・・・・・・

「その通りだよ。
火事に遭った時は、これで何も彼もお仕舞いだと、
心底がっかりしたものだが、
実のてて親に会えたし、周りの人にも
口では言えないほど情けを受けたよ。
時々、あの火事は神さんがわっちを試したものかとも
考えるんだよ」
「試した?」
「ああ。どうだ、お文、これでお前はどん底だ、
様ぁ見やがれ。手前ぇの不幸に泣き、
喚くがいいってね。
だが、わっちは泣いてる暇もなかった。
目の前に片づけなければならないことが
山のようにあったからね。
今に見ていろって意地もあった。
すると神さんは感心して、
その後にご褒美を下さったのさ。
わっちはそう思っているよ」



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生れも育ちも仙台。外見も性格もとても地味。物があふれているのが苦手。食べ物の好き嫌いほぼ無し。本と猫好き。好きな言葉「喫茶喫飯」。

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