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宇江佐 真理 「昨日のまこと、今日のうそ・髪結い伊三次捕物余話」⑬

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伊三次が直面する、息子や弟子の転機。
不破龍之進ときいとの間に長男が生まれ、
伊三次一家も祝いのムードに包まれる。
一方、絵師としての才能に疑問を感じ始めた伊与太は、
当代一の絵師、葛飾北斎のもとを訪れる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

1.共に見る夢
 いつか旅仕度を調えたいなみと自分が
伊勢を目指して歩く姿が脳裏に浮かぶ。
吹く風は快く、鳥の囀りも耳に響く。
額に汗を浮かべながら一歩一歩進んで行くのだ。
共に見る夢ができたことを不破はしみじみ嬉しく思う。
いや、その前にいなみに言っておかなければならないことがあった。
自分より先に逝くな、と。
よしんば不幸にもいなみに先立たれた時は、
半年経ったら迎えに来いと約束させよう。


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2.指のささくれ
 「魚新の話を断った後で、
お父っつぁんは、しみじみあたいに言った。
お前がどんな男を亭主にしようが、
おれは実の倅と同じように可愛がるって。
あたい、それを聞いて心底安堵したよ。
あたいを嫁にしてくれる人なら
紙屑拾いだろうが日雇いだろうが構やしないと思ってさ」
おてんは涙を溜めた眼で言う。
おてんの髪はそそけていた。
この何日か髪を結う気にもならなかったらしい。
「おてんちゃんの亭主になる奴に
髪結いは入っていないのけぇ?」


・・・・・・・・・・・・・・・・

3.昨日のまこと、今日のうそ
 「おいらは髪結いの親方を張れる自信がありやせんよ」
「最初はそうでも、続けている内に格好がつく」
「ですが・・・」
「なに、そんな時は及ばずながら、おれも力になるぜ」
「梅床の客が流れたら、
あっちの親方も利助さんもいい顔しませんぜ」
「それも世の中よ。
梅床の親方は動けねぇ身体になっちまってるし、
利助にゃ親方を張れる器量はねぇ。
まあ、その内に親方の倅が戻って来て、
梅床を継ぐと言うかも知れねぇよ。
そうなったら、おれも安心して梅床から手を引くことができる」
「親方はそんなことまで考えていたんですか」
「いや、お前ぇがおてんちゃんと所帯を持つことが決まると、
そういう流れが見えて来たんだ。
久兵衛、お前ぇにゃ運がある。きっとうまく行く」
伊三次はきっぱりと言った。


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4.花紺青(はなこんじょう)
 国直に国華、それに北斎。
自分の周りには錚々(そうそう)たる絵師がいる。
それはまずい絵を描く絵師の傍にいるより、
はるかに自分にとってはよい環境だろう。
恵まれている。改めてそう思う。
才のある絵師の勢いに乗じて自分も先へ進んで行くのだ。
雨音はやんだようだ。
梅雨が明ければ油照りの夏が来る。
汗を拭きふき、武者絵の背景を描く自分が
易々と想像できる。
伊与太は、そんな自分がいやではなかった。


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5.空蝉(うつせみ)
 蝉が鳴いていた。
以前よりもはるかに数が増えているようで、
その鳴き声も大きく聞こえる。
そうか、山中は蝉だったのだと龍之進は合点した。
学問や剣術に励み、山中家へ養子に入り、
内与力にまで出世した男は、
揺るぎない身分を手に入れると、箍(たが)が外れた。
山中は己れの先がないことを知らずに
悟っていたのだろうか。
我を忘れて女の色香にのぼせ、
それで朽ち果てても構わなかったのか。
龍之進にはわからない。
額から血を流し、奉行に許しを乞う山中を
呆然と見つめるばかりった。
地鳴りのような蝉の鳴き声は続いていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・
6.汝、言うことなかれ
 「あたし、うちの人のことなんて、
ひと言も喋っていないのに」
おとよは、しゃくり上げながら言った。
「へい、確かに。
お新造さんは何も喋っておりやせん。
ご新造さんは、八百金の旦那を殺したのは、
ご亭主じゃないかと疑っただけです。
なぜなら、一度人殺しをした人間は、
再び人殺しをするかも知れないと、
ご新造さんは心配していたからです」
「どうして・・・」
どうして自分の気持ちがわかったのかと、
おとよは訊きたかったらしい。
伊三次は、そんなおとよに笑顔を向けた。
「ご新造さん、坊ちゃん、お嬢ちゃんのために
踏ん張って下せぇ。
村田屋を潰さねぇで下せぇ」



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生れも育ちも仙台。外見も性格もとても地味。物があふれているのが苦手。食べ物の好き嫌いほぼ無し。本と猫好き。好きな言葉「喫茶喫飯」。

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